「自分は本番に弱い」は、事実なのか?
大切な試合で、思うような結果が出なかった。
例えば100mで、
自己ベストは10秒95。
今回は11秒20だった。
試合後に、
やっぱり、自分は本番に弱い。
と思ったとします。
では、「自分は本番に弱い」は、確認できる事実なのでしょうか。
11秒20だったことは事実です。
一方、「自分は本番に弱い」は、その結果を見て自分が導いた解釈です。
振り返りでは、この二つを分けて考えることが大切です。
事実と解釈は、何が違うのか?
この記事では振り返りを整理するために、記録や映像などから比較的確認しやすい出来事や観察内容を「事実」と呼びます。
例えば、
100mは11秒20だった。
自己ベストより0.25秒遅かった。
映像では20m付近から上体が起き始めていた。
といったものです。
もちろん、何に注目するかという時点で人の見方が入るため、事実と解釈を完全に切り離せるという意味ではありません。
一方、解釈は、その事実に対して自分が与えた意味や評価、原因についての考えです。
自分は本番に弱い。
練習不足だった。
緊張したからタイムが出なかった。
などです。
ここに、
レース前から緊張していた。
脚が重く感じた。
結果が悔しかった。
といった感覚や感情もあります。
これらも本人にとって大切な情報です。
だから、事実だけを見て、感覚や感情を切り捨てるわけではありません。
実際に起きたこと、自分が感じたこと、そこからどう解釈したのかを、ごちゃ混ぜにしない。
まずは、そこから始めます。
解釈すること自体が、悪いわけではない
では、解釈しない方がよいのかというと、そうではありません。
100mで11秒20だった。
という事実だけでは、
次に何を変えればよいのか。
までは分かりません。
そこから、
疲労が影響したのではないか。
前半で力みすぎたのではないか。
スタートの動きがいつもと違ったのではないか。
と考えることで、原因についての仮説や、次に確かめることを考えられます。
問題なのは、一つの可能性だった解釈が、いつの間にか「事実である」と扱われてしまうことです。
「前半で力んだのではないか」
という一つの可能性が、
「前半で力んだから遅かったに違いない」
という確定した事実に変わってしまうことです。
解釈をなくすのではなく、解釈を仮説として扱う。
そうすれば、
本当にそうなのか?
と確かめることができます。
私たちは、事実から一気に結論まで進んでいる
この思考を考えるうえで参考になるのが、「推論のはしご(Ladder of Inference)」です。
Harvard Division of Continuing Educationの解説では、人は観察できる情報の中から一部を選び、そこに過去の経験などをもとに意味を与え、解釈し、結論へ進んでいく思考過程が紹介されています。
この過程は無意識に進むこともあり、自分がどこで解釈を加えたのかに気づかないことがあります。
「推論のはしご」はChris Argyrisによって開発され、その後さまざまな文献で発展してきた考え方です。
参考:Harvard Division of Continuing Education「Solving the Problem with Problem-Solving Meetings」
100mなら、
11秒20だった。
↓
後半で失速したことに注目する。
↓
緊張して力んだのだと考える。
↓
自分は本番に弱い。
と進むことがあります。
最初にあったのは、「11秒20だった」という出来事です。
でも頭の中では、いくつかの推論を経て、「自分は本番に弱い競技者だ」という自己評価まで進んでいます。
だから、ときどきはしごを下りる。
そもそも何が起きた?
自分は何に注目した?
そこから、どう解釈した?
ほかの見方はない?
と戻ってみます。
事実まで戻り、解釈を仮説に変える
「推論のはしご」を参考に、本稿では振り返りを次の4つの問いに整理してみます。
FACT → INTERPRETATION → OTHER VIEW → VERIFY
① FACT|実際に何が起きた?
まず、確認できることまで戻ります。
100mは11秒20だった。
自己ベストより0.25秒遅かった。
映像では20m付近から上体が起きていた。
ここでは、「悪い走りだった」「本番で力を出せなかった」といった評価を一度置いておきます。
② INTERPRETATION|自分は、それをどう捉えた?
次に、自分の解釈を言葉にします。
緊張して力んだからタイムが遅かったと思う。
自分は本番に弱いと思った。
書き出してみると、
これは「起きたこと」ではなく、「自分がそう考えたこと」なのだ。
と区別しやすくなります。
③ OTHER VIEW|ほかの見方はある?
別の可能性も考えます。
前日の疲労は?
ウォーミングアップはいつもと同じだった?
気象条件の影響は?
過去の大会でも同じ傾向がある?
ここで本当の原因を一つに決める必要はありません。
最初に思いついた解釈以外にも、可能性があると考える。
それだけでも、見えるものが変わります。
④ VERIFY|次に何を確かめる?
最後に、
どうすれば、その仮説を確かめられるのか。
を考えます。
例えば、
過去の試合と練習のタイムを比較する。
今回と好調時のレース映像を見比べる。
コーチに加速局面の動きを確認してもらう。
といった方法があります。
すると、
自分は本番に弱い。
という自己評価で終わっていた振り返りが、
本当にそうなのか、確かめてみよう。
という検証に変わります。
コーチと意見が違うときにも使える
この考え方は、コーチとの対話にも使えます。
例えば試合後、競技者が、
今日、全然走れていませんでした。
と言った。
一方、コーチは、
動きは悪くなかったよ。
と言う。
詳しく聞いてみると、競技者は「タイムが悪かった」ことを見て、「走れていなかった」と考えている。
コーチは「加速局面のフォームが改善していた」ことを見て、「動きは悪くなかった」と考えている。
そんなこともあります。
同じ試合でも、何に注目し、どう解釈したかは違うことがあります。
そこで、
何を見て、そう思った?
と聞いてみる。
どちらが正しいかを決める前に、何を根拠にそう考えたのかを共有する。
事実と解釈を分けることは、自分の振り返りだけでなく、対話のすれ違いを整理するためにも使えます。
事実に戻ると、次の問いが変わる
振り返りでは、早く答えを出したくなることがあります。
タイムが悪かった。
↓
自分は本番に弱い。
↓
メンタルを強くしなければ。
でも、最初の解釈が違っていれば、取り組むことまで変わります。
だから、一度事実まで戻る。
何が起きたのか。
自分はどう感じたのか。
そこから、どう解釈したのか。
ほかの可能性はないのか。
そして、何を確かめるのか。
解釈を事実にしない。事実に戻り、解釈を仮説に変える。
そうすることで振り返りは、
自分はダメだった。
という評価から、
何が起きたのだろう。
次に何を確かめよう。
という問いへ変わります。
それは「起きたこと」ですか。それとも「自分がそう考えたこと」ですか?