教わるとは、言われた通りにすることですか?
「もっと腕を振って」
「接地をもう少し身体の近くにしてみよう」
「今日はこのタイムを狙って走ろう」
スポーツをしていれば、指導者からさまざまなアドバイスを受けます。
では、何を言われても「はい」と答え、その通りに実行する競技者は「教わり上手」なのでしょうか。
もちろん、まずやってみる素直さは大切です。
自分の知らない知識や、自分では気づけない動きを指導者が教えてくれることもあります。
一方で、言われたことを何も考えずそのまま実行しているだけでは、その指導者がいなくなったとき、自分で判断できなくなるかもしれません。
逆に、経験を積むにつれて、
「それはもう知っている」
「前にやったけれど、自分には合わなかった」
と最初から聞く耳を閉じてしまえば、新しい気づきを取りこぼす可能性があります。
では、教わる側にはどんな姿勢が必要なのでしょうか。
この記事では、スポーツやビジネス、教育の領域で研究されている「コーチャビリティ」という考え方をヒントに、競技者の「教わる力」について考えてみます。
「素直さ」と「従順さ」は、少し違う
教わるうえで「素直な人は伸びる」と言われることがあります。
私も素直さは大切だと思います。
ただし、ここでいう素直さを、
「指導者の言うことを何でも正しいと思い、そのまま実行すること」
と捉える必要はありません。
言われたことをただ実行するだけではない
例えばコーチから、「スタートではもっと前傾したほうがいい」と言われたとします。
「分かりました」と言ってその通りにやってみる。これは一つの受け取り方です。
ただ、もう一歩考えることもできます。
自分のいまのスタートはどう見えているのか。
なぜもっと前傾した方がいいのか。
もっと前傾することで何を変えようとしているのか。
そこまで考えれば、同じアドバイスでも受け取り方が変わります。
指導者の言葉は、自分の代わりに考えてくれる「答え」ではなく、自分が考えるための材料にもなります。
だからといって、最初から疑ってかかる必要もない
反対に、何を言われても、
「本当にそうかな」
「このコーチの考えは自分には合わない」
と最初から拒んでいたら、学びの入口そのものを閉じてしまいます。
私は、何でも信じることと、何でも疑うことの間に「教わり上手」があるのではないかと考えています。
まず受け取り、そのうえで考えてみる。
必要なら質問して、実際に試してから、自分の経験として判断する。
「素直に聞くこと」と「言われた通りにすること」は、同じではありません。
教わる側にも「学ぶ力」がある
企業の人材育成では、周囲からのフィードバックを自分の成長に活用していく力を「コーチャビリティ」と表現することがあります。
日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)は、コーチャビリティをフィードバックの「受け取る力」として扱い、耳の痛い指摘も含めて受け止め、傾聴や質問、内省を通じて行動変容につなげることを研修のテーマとしています。
また『日本の人事部』に掲載されたコラムでは、コーチャビリティを単なる「素直さ」や「従順さ」と区別し、周囲からの指示やフィードバックを吟味したうえで、自分の目的のために活用する力として説明しています。
会社員と競技者では置かれている環境が違いますが、この考え方はスポーツにもかなり応用できると思っています。
良い指導者に出会えば、それだけで自動的に成長できるわけではありません。
同じ指導を受けても、競技者によって受け取り方は違います。
教える側だけでなく、教わる側にも「学びを取りにいく力」がある。
これが今回、一番伝えたいことです。
参考:日本能率協会マネジメントセンター「コーチャビリティ研修」
参考:『日本の人事部』「上司を動かす技術~コーチャビリティとは~」
まず、受け取ってみる
では、具体的にどう教わればいいのでしょうか。
最初にしたいのは、判断する前に一度受け取ることです。
耳の痛い言葉ほど、反応が先に出る
例えばコーチから、「最近、練習への集中力が落ちているように見える」と言われたとします。
自分では一生懸命やっているつもりなら、「そんなことない」と反論したくなるかもしれません。
それは自然な反応です。
ただ、その場ですぐに正しい・間違っていると判断する前に、「少なくとも、この人にはそう見えているんだな」と一度情報として置いてみる。
自分では見えていなかった何かがあるかもしれません。
もちろん最終的に「その指摘は違う」と判断することもあります。
それでも、一度受け取ってから判断するのと、最初から拒むのとでは大きく違います。
受け取ることと、採用することは別です。
分からなければ確かめてみる
アドバイスの意味が分からなければ、質問してもいいと思います。
むしろ、自分が何を知りたいのかを言葉にすることで、指導者からより具体的なフィードバックをもらえることがあります。
「どうすればいいですか?」だけで終わらせない
例えば100mのスタートについて、「スタートを速くするには、どうすればいいですか?」と質問することもできます。
でも、「自分では最初の3歩で身体が起きるのが早い気がしています。コーチからはどう見えますか?」と聞けば、少し会話が変わります。
自分の感覚や仮説があるからです。
私が大学院生だったころ、アシスタントコーチとしてBチームを見る機会がありました。
その中で特に印象に残っている競技者がいます。
トレーニングについて、
「このメニューなら、こういう形でやると良さそうですか?」
「設定タイムはこのくらいで行くのがいいですか?」
「自分の感覚では、少しペースが速すぎる気がします」
と、自分の考えをよく言葉にしていました。
私の答えを待っているだけではありません。
自分なりの仮説を持ったうえで、指導者との会話を使って確かめていたのだと思います。
その競技者はその後も競技力を伸ばし、400mハードルで日本インカレ入賞・日本選手権出場といった成績を収めました。
もちろん、質問する姿勢だけでその記録に到達したわけではありません。
ただ、指導する側として見ていて、自分の感覚や考えを言葉にできる競技者とは、トレーニングについてより深い対話ができました。
「どうすればいいですか?」と答えを預けるのではなく、
「自分はこう思うけれど、どう見えますか?」
と聞いてみることが、教わり方の一つです。
アドバイスは試してから考えてもいい
指導者の言っていることを理解できたら、まず試してみることも大切です。
頭の中だけで「合わない」と決めない
新しい動きには、違和感が出ることがあります。
これまで長く続けてきた動きを少し変えれば、最初から気持ちよく動けるとは限りません。
だから、「違和感がある=自分には合わない」とは限りません。
安全上の問題や痛みがなければ、まず何度か試してみる。
そのうえで判断します。
すべてを採用する必要もない
もちろん、試したアドバイスをすべて取り入れる必要もありません。
複数のコーチから違うことを言われる場合もありますし、その方法がいまの自分には合わないこともあります。
大切なのは、言われた通りにすることではなく、言われたことを自分で試し、自分の感覚で確かめることだと考えます。
聞く。
考える。
試す。
振り返る。
そこで初めて「自分の場合はどうなのか」が見えてきます。
フィードバックを自分の学びに変える
例えば、「もっと力を抜いた方がいい」と言われたとします。
言われただけなら、まだ指導者の言葉です。
実際にやってみて、「前半は少し遅く感じたけれど、後半まで動きが続いた」と感じた。
さらに、「自分は速く走ろうとするほど、必要以上に力を入れる傾向があるのかもしれない」と気づいた。
ここまで来ると、そのフィードバックは自分自身の学びに変わり始めています。
以前の記事では、WILLINQにおける学びを「経験や知識によって、物事の見え方・捉え方が変わること」と整理しました。
教わることも同じです。
指導者から言葉を受け取るだけでなく、その言葉を使って自分自身の見え方を変えていく。
そこまでできれば、フィードバックは単なる「指示」ではなくなります。
「教わり上手」になるための4つのステップ
難しく考える必要はありません。
何かを教わったときは、次の4つを意識してみます。
① まず受け取る
すぐに正しい・間違っていると決めず、相手にはどう見えているのかを聞いてみる。
② 意図を確かめる
分からなければ「なぜですか?」「どこを変えようとしていますか?」と質問する。
③ 自分なりに試す
頭の中だけで判断せず、実際にやってみる。
④ 振り返る
何が変わったか、自分にはどう感じられたかを考える。

このステップを踏むことで、指導者の言葉を「自分のもの」にしていけます。
成長をコーチ任せにしない
良い指導者に出会うことは、競技人生に大きな影響を与えます。
自分では気づけないことを教えてくれる人。
新しい可能性を示してくれる人。
迷ったときに一緒に考えてくれる人。
そんな存在に出会えたことは、大きな財産です。
でも、「このコーチなら自分を速くしてくれる」と、自分の成長そのものを預けてしまう必要はありません。
自分からフィードバックを取りにいく。
分からなければ質問する。
自分なりの仮説を持つ。
試して、振り返る。
自分の成長の主体は、自分です。
指導者の言葉をすべて信じる必要もありません。
すべて疑う必要もありません。
まず受け取り、考え、試して、自分の学びに変えていく。
その教えを、あなたは自分の成長にどう使いますか?