目的と目標は何が違うのか?

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その目標は、何のために目指していますか?

「インターハイに出たい」
「県大会で優勝したい」
「100mで10秒台を出したい」

スポーツに取り組んでいれば、目標を立てる機会はたくさんあります。

シーズンが始まるとき。
新しい学年になったとき。
大切な大会を迎えるとき。

指導者から、「今年の目標は?」と聞かれたことがある人もいるでしょう。

目指す場所が決まれば、自分がどこへ向かっているのか分かりやすくなります。

では、そこでもう一つ質問してみます。

その目標は、何のために目指していますか?

インターハイに出る。なぜ出たいのか?
100mで10秒台を出す。なぜその記録を目指すのか?

同じように見える「目的」と「目標」ですが、分けて考えることができます。

WILLINQでは、

目的=「何のために取り組むのか」という問いの先にある、実現したい姿・目指す方向

目標=その目的に近づくために設定する、具体的な到達点

と捉えます。

目的と目標を分けて考えてみると、日々のトレーニングも、その先にあるものも、少し違って見えてくるかもしれません。

目的と目標は同じではない

目的は「何のために」を表す

例えば、100mに取り組む高校生が、「自分がどこまで速くなれるのか、挑戦してみたい」と考えていたとします。

これが、その競技者にとって一つの目的になります。

目的が表しているのは、単なる到達地点ではありません。
何のためにそこへ向かうのか。
あるいは、
自分は、どんな方向へ進みたいのか。

という意味を含んでいます。

だから、目的は必ずしも壮大なものである必要はありません。
「スポーツを通して人間的に成長する」
「世界で活躍する」
といった立派な言葉を掲げなければいけないわけでもありません。

「もっと速くなりたい」
「自分がどこまでできるのか試したい」
「競技を思い切り楽しみたい」

それでもいい。

大切なのは、誰かから与えられた立派な言葉ではなく、自分が何を求めてそこへ向かっているのかだと思います。

目標は、目的へ近づくための到達点

一方、その競技者が、
「高校2年生のうちにインターハイに出場する」
「いまシーズン中に100mで10秒台を出す」
と決めたとします。

これは目標です。

「自分がどこまで速くなれるのか挑戦したい」という目的に向かう途中に、具体的な到達点を置いています。

目的が「何のために、どちらへ向かうのか」を示すものだとすれば、目標は、「そこへ近づくために、まずどこまで行くのか」を示すものだと考えると分かりやすいかもしれません。

目的に照らして、目標を設定する。

目標があるから、いまの自分との距離を確認できる。

さらに、その距離が分かるから、「では、何に取り組む必要があるのか」と日々のトレーニングへ落としていくことができます。


目的と目標の違いを示した図。現在地から複数の目標を経て、目的へ向かう関係を表している。


目的にもその先がある

ここでもう一つだけ、目的について考えてみます。

目的に対して、「それは、何のため?」ともう一度問いかけると、その先にさらに大きな目的が見えてくることがあります。

例えば、「インターハイに出たい」という目標がある。

何のために?

「全国の舞台で自分の力を試したいから」

では、それは何のために?

「自分がどこまで速くなれるのか挑戦したいから」

さらに問い続ければ、

「自分の可能性を、自分で決めつけたくないから」

というところまで行く人もいるかもしれません。

このように、目的に「それは何のため?」と問いを重ねていくと、さらに上位の目的が見えてくることがあります。

ただし、どこまでも「なぜ?」を繰り返して、人生の究極の目的まで見つけなければならないわけではありません。

大切なことは、

いま自分が追いかけている目的の一つ上に、「何のために」があることを知っておくこと。

それだけで十分です。

目標だけを追いかけると、目的を見失うことがある

「インターハイに出る」
「全国大会で入賞する」
「自己ベストを更新する」

競技者にとって、こうした目標は大きな力になります。

目標を達成したいから、苦しいトレーニングにも取り組める。
食事や睡眠にも気を配る。
時間の使い方を考える。
そういう意味で、具体的な目標を持つことには大きな意味があります。

一方で、目標が大きくなればなるほど、いつの間にか、「なぜ、それを目指していたのか」が見えなくなることがあります。

「インターハイに出る」は目的なのか?

私自身、高校生のころ「インターハイに出る」ということを強く意識していました。

中学3年生のとき全国大会で入賞し、高校でも当然その先の全国大会を目指すようになりました。

インターハイに出たい。
勝ちたい。
以前勝っていた競技者に負けたくない。

そうした気持ちは、どんどん強くなっていきました。

でも、結果が思うように出なくなるにつれて、少しずつ競技が苦しくなっていきます。

中学生のころは、
「もっと速くなりたい」
「走ることが楽しい」
という、とてもシンプルな気持ちがありました。

ところが高校では、
「勝つか、負けるか」
「インターハイに行けるか、行けないか」
ばかりを見るようになっていました。

高校3年生のインターハイにつながるブロック大会で、私は7位になりました。

インターハイへの出場は叶いませんでした。

ずっと目標にしていたはずのインターハイを逃した。
本来なら、ものすごく悔しくてもおかしくありません。
でも、当時の私はほとんど泣きませんでした。

むしろ、「これで終わった」と少し安堵していたように思います。

いま振り返れば、あのころの私は「インターハイへ行く」という目標ばかりを見て、

その奥にあった「もっと速くなりたい」「自分がどこまでできるのか試したい」という目的を見失っていたのかもしれません。

インターハイを目指したことが間違っていたわけではありません。

むしろ、本気で目指す価値のある目標だったと思っています。

問題は、その目標が、自分の中で何につながっていたのかを見失ってしまったことでした。

目標が、目的そのものになっていないか

目標には、分かりやすさがあります。

大会に出たか、出なかったか。
勝ったか、負けたか。
10秒台が出たか、出なかったか。

結果がはっきりします。

だからこそ、私たちは目標に強く引っ張られます。

でも、「インターハイに出る」ことだけがすべてになってしまったら、出場できなかった瞬間に、「もう意味がない」となってしまうかもしれません。

「10秒台を出す」ことだけが競技をする意味になっていたら、11秒00で終わったシーズンをすべて失敗だったと思ってしまうかもしれません。

そこで一度、

この目標は、何のために設定したんだっけ?

と目的へ戻ってみる。

それだけで、同じ結果の見え方が少し変わることがあります。

目的が見えると、日々の行動につながる

目的は、遠いところに掲げておくだけの言葉ではありません。

むしろ、日々の選択とつながってこそ意味があるのだと思います。

今日のトレーニングは、何につながっているか

例えば、

目的:自分がどこまで速くなれるか挑戦したい

目標:100mで10秒台を出す

と考えたとします。

では、現在地はどこなのか。

いまは11秒30。
レースを分析すると、後半の速度低下が大きい。
そこに問題がある。
その問題を解決するために何へ取り組むのか。
そして、今日行うトレーニングにはどんな狙いがあるのか。

こうやって一つずつつないでいくと、日々行っている一本の走りも、
「先生に言われたから走る」
「今日のメニューだから走る」
から、
「自分が目指しているものにつながる一本」として捉えやすくなります。

目的を知ることは、毎日の練習に意味を後付けすることではありません。

自分がいまやっていることと、自分が進みたい方向をつなぐことだと考えます。

競技場の外での選択にも、目的はつながる

これはトレーニングだけではありません。

明日、大切な練習がある。
でも夜遅くまでSNSを見たい。
食事を適当に済ませたい。
遊びに行きたい。

学生であれば、そんなことはいくらでもあると思います。

「早く寝なさい」

と指導者や保護者に言われるから寝る。

それでも構いません。

でも、

「自分は10秒台を目指している」
「明日の練習で良いトレーニングをしたい」
「そのためには、今日はしっかり寝ておいた方がいい」

と自分の中でつながれば、同じ「早く寝る」でも意味は変わります。

もちろん、目的を明確にすれば、毎日完璧な生活ができるわけではありません。

私自身、目的があってもサボることはあります。

それでも、何を選ぶかを、自分の目指す方向から考えるための軸にはなります。

目的は、競技者を縛るためのものではありません。
むしろ、自分で選ぶためのものなのだと思います。

目標は変えてもいい

目的と目標を分けて考える意味の一つは、「目標は変えてもいい」と捉えられることです。

一つの目標を達成できなくても、目的はなくならない

例えば、「高校3年生でインターハイに出る」という目標を設定した競技者がいたとします。

でも、高校3年生の春に大きな怪我をしてしまい、どう考えてもインターハイ路線には間に合わない。

目標と目的が一体になっていると、

「インターハイに出られない」

「自分の競技は終わった」

と感じるかもしれません。

でも、その奥に、「自分がどこまで速くなれるのか挑戦したい」という目的があるなら、話は少し変わります。

インターハイという目標は、達成できなくなった。
悔しいが、怪我を治してもう一度競技力を高める。
秋の大会で自己ベストを目指す。
大学で競技を続ける。

このような形で、別の目標を設定することができます。

一つの目標への道が閉じても、目的へ向かう道までなくなるとは限りません。

目的に戻れば、別の道を選べる

これは、「目標を達成できそうにないなら、すぐ諦めればいい」という話ではありません。

本気で目標を追うからこそ得られる経験があります。

簡単に目標を変えず、最後まで挑むことに価値がある場面もあります。

一方で、状況は変わります。

怪我をする。
進路が変わる。
競技への気持ちが変わる。
以前は大切だったものが、いまはそれほど大切ではなくなることもある。

そんなとき、

「目標を変えたら逃げだ」

と考えるのではなく、

自分の目的に照らして、この目標はいまも必要なのか。

と考えてみる。

目的に戻ることで、目標を続けることも、変えることも、自分で選べるようになります。

目標を設定する前に、目的へ戻ってみる

では、実際にどう考えればいいのでしょうか。

難しく考える必要はありません。

まずは三つだけ問いかけてみます。

① 自分は、何のために競技をしている?

最初に目的です。

もっと速くなりたい。
自分の可能性に挑戦したい。
全国の舞台で戦ってみたい。
仲間と競技を楽しみたい。
何でも構いません。

正解はありません。

そして、一度決めた目的がずっと同じである必要もありません。

② そのために、いまどこを目指す?

その次に目標です。

インターハイ出場。
自己ベスト更新。
県大会入賞。

あるいは、数字では表しづらい競技上の目標もあるでしょう。

目的に少し近づくために、「いま、自分はどこを目指すのか」を決めます。

③ その目標は、本当に目的につながっている?

最後に、もう一度確認します。

なぜ、この目標なのか。
指導者に言われたから?
周りが目指しているから?
それとも、自分が向かいたい方向につながっているから?

誰かから与えられた目標が悪いわけではありません。

指導者から示された目標によって、自分では想像できなかった可能性に気づくこともあります。

ただ、その目標を、自分は何のために追うのか。

そこを自分なりに考える。

それだけでも、目標は「与えられたもの」から、「自分が目指すもの」に少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

なお、目標には記録や順位のように数字で示しやすいものもあれば、動きや状態など数字だけでは表しづらいものもあります。

どんな目標を、どのくらい具体的に設定するのか。

これはまた別の記事で考えてみたいと思います。

目標の先にあるものを忘れない

目標を持つことは大切です。

「インターハイに出る」
「全国大会で入賞する」
「10秒台を出す」

具体的な目標があるからこそ、毎日のトレーニングにも力が入ることがあります。

だから、目標を小さくしようという話ではありません。

高い目標を、本気で追いかけてもいい。

ただ、ときどき、「これは、何のための目標だっただろう?」と目的へ戻ってみる。

目的は、何のためにそこへ向かうのかを示すもの。

目標は、その目的に近づくための具体的な到達点。

目標は達成できることもあれば、できないこともあります。
変わることもあります。

でも、目標が変わったからといって、自分が目指していた方向まで失う必要はありません。

そして逆に、いま追いかけている目標が、自分の目指したい方向とずれていることに気づくこともあるでしょう。

そんなときは、一度問い直してみる。

自分は、本当はどこへ向かいたいのか。

その目標は、何のために目指していますか?

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この記事を書いた人

WILLINQ JOURNAL編集部。

スポーツ指導、競技経験、人材育成の実務経験をもとに、スポーツとの向き合い方、Will、目的と手段、学びについて発信しています。

答えを急ぐのではなく、問い、迷い、経験し、振り返る。
その過程で、自分なりのWillを育てていくためのきっかけを届けます。

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