練習メニューを「消化する」って、どういうこと?

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「メニューを消化する」という言葉

陸上競技の記事を読んでいると、「練習メニューを消化する」「与えられた練習をこなす」といった表現を目にすることがあります。

実際、競技者へのインタビューでも「練習を消化する」「与えられたメニューをこなす」といった表現はよく見られます。

参考:SEIKO HEART BEAT Magazine「【後編】年間40本のレースを楽しむ川内優輝『旅をしながらマラソンに出る』」

陸上競技の現場では「今日のメニューは何ですか?」という会話もごく普通にあります。

この「メニュー」という言葉と、「消化する」という言葉。

よく考えてみると、かなり食事に似ています。

では、練習も食事と同じように、出されたメニューを全部食べて、きちんと消化できればそれでよいのでしょうか。

私は、少し違うと思っています。

大切なのは、メニューを消化することではなく、そのトレーニングから何を得るのかです。

ただ食べて、消化すればいいのか?

食事をするときには、少なくとも何を食べているのかは分かっています。

場合によっては、「運動後だからタンパク質を摂ろう」「今日は暑いから水分や塩分も意識しよう」と、なぜそれを食べるのかまで考えることもあります。

トレーニングも似ています。

例えば今日の練習が、

120m×5 (レスト7分)

だったとします。

内容だけを見れば、何をするかは分かります。

でも、本当に知りたいのはその先です。

なぜ120mなのか。
なぜ5本なのか。
なぜ今日なのか。

そして、このトレーニングで、自分の何を変えようとしているのか。

同じ120m×5本でも、狙いが違えば走り方や設定、振り返るポイントも変わります。

「今日のメニューは120m×5本です」と知ることと、そのトレーニングの意味を理解して取り組むことは同じではありません。

今日の「メニュー」だけが存在するわけではない

ここで「メニュー」という言葉についても少し考えてみます。

陸上競技の現場で広く使われている言葉なので、「メニューという呼び方は間違っている」と言いたいわけではありません。

私自身も普通に使います。

ただ、トレーニングを考えるときには、今日のメニューだけを切り取らない方がよいと思います。

本来、今日の練習だけが単独で存在するわけではありません。

一定期間のトレーニング計画があり、その中に今日の練習があり、さらにその中に120m×5本のような具体的な内容があります。

例えば同じスプリント練習でも、

大会まで3か月ある時期なのか。
大会1週間前なのか。
前日に強い負荷をかけているのか。
最近疲労が溜まっているのか。

それらによって、その日の意味は変わります。

つまり、

何をするのか

だけではなく、

なぜ、いまこれをするのか

まで考える。

今日のメニューは、前後から切り離された一皿ではありません。

もう少し大きなトレーニング計画の中に置かれています。

「完遂した」と「狙いを達成した」は同じではない

「メニューを消化する」という言葉で、特に気をつけたいのがここです。

例えば120mを5本走る予定だったとして、設定通り5本すべて走ったとします。

それなら、

「今日のメニューは100%消化できた」

と言えるかもしれません。

でも、それだけで、狙いに合ったトレーニングだったと言えるでしょうか。

5本目まで無理に設定タイムを追った結果、フォームが大きく崩れていたかもしれません。
本来意識したかった動きができず、ただ設定タイムだけを追っていたかもしれない。
強い疲労が残り、その後のトレーニングに影響するかもしれません。

反対に、5本の予定を4本で終えたとしても、狙っていた動きができ、身体の状態を踏まえてそこで終了したのであれば、その方が適切なケースもあります。

もちろん、苦しいところで簡単にやめればよいという話ではありません。

予定されたトレーニングをやり切ることが必要な日もあります。

ただ、予定した本数をすべて終えることと、そのトレーニングの狙いを達成することは別です。

「全部食べたか」だけではなく、その食事から何を得たのかを考える必要があると思います。

メニューはよく噛んでから飲み込む

せっかくなので、もう少し食事の比喩で考えてみます。

何を食べる?

今日、どんなトレーニングをするのか。

まずメニューを知ります。

なぜ食べる?

そのトレーニングで何を変えたいのか。

自分のどんな課題に対する取り組みなのかを考えます。

どう味わう?

実際に取り組みながら、
「いまの一本はどうだった?」
「どんな感覚だった?」
「狙っていた動きはできた?」
と、自分の身体や動きにも意識を向けます。

食べたあと、どうだった?

終わったら振り返る。
狙い通りだったのか。
何が分かったのか。
次のトレーニングでは何を変えるのか。

以前の記事「振り返るとは、何をすることなのか。」でも書いたように、経験は振り返ることで次の選択へつなげることができます。

こう考えると、

トレーニングは、ただ口に入れて飲み込み、消化して終わるものではありません。

よく噛んで、味わって、自分のものにしていく。

そんな取り組み方があってもいいと思います。

「消化する」前に、何のためかを考える

「メニューを消化する」という表現をやめる必要はありません。

競技の現場で昔から使われている言葉ですし、予定されたトレーニングを継続して実施できていることを表す便利な言葉でもあります。

ただ、その言葉が、

出されたものを、とにかく全部やる

という意味だけになってしまうのは、もったいないと思います。

以前の記事では、「何をやるか」より先に「何を変えたいか」を考えました。
今回は、その問いを「メニューを消化する」という日常的な言葉から、もう一度考えてみました。

今日のメニューは何か。

その前に、
なぜ、このメニューなのか。
なぜ、いまやるのか。
自分の何を変えるためなのか。

そこまで分かったうえで取り組めば、同じ練習でも見えるものは変わるはずです。

メニューを消化することではなく、そのトレーニングから何を得るのか。

そのメニュー、ちゃんと味わって食べていますか?

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この記事を書いた人

WILLINQ JOURNAL編集部。

スポーツ指導、競技経験、人材育成の実務経験をもとに、スポーツとの向き合い方、Will、目的と手段、学びについて発信しています。

答えを急ぐのではなく、問い、迷い、経験し、振り返る。
その過程で、自分なりのWillを育てていくためのきっかけを届けます。

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