その課題、ひとつの見方だけで考えていませんか?
「最近、100mのタイムが伸びない」
そう感じたとき、何を考えるでしょうか。
筋力が足りないのかもしれない。
スタートが悪いのかもしれない。
走り込みが足りないのかもしれない。
そして、「もっと筋力トレーニングをしよう」と、すぐにトレーニング方法を決めることもあると思います。
もちろん、それが自分に必要な取り組みである可能性もあります。
ただ、その前に一度考えてみたいことがあります。
ほかの可能性はないのでしょうか。
タイムが伸びない理由は、筋力だけとは限りません。技術かもしれない。コンディションかもしれない。そもそも、自分が問題だと思っていた局面とは別のところに改善余地があるかもしれません。
一つの答えを急ぐ前に、いったん全体を広げて考えてみる。
そのときに使える考え方の一つが、ビジネスの世界でも使われるMECE(ミーシー)です。
「漏れなく、ダブりなく」考えるMECE
MECEは、
Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive
の頭文字を取った言葉で、物事を「漏れなく、ダブりなく」整理する考え方です。
例えば人を「10代、20代、30代……」と年代別に分ければ、同じ人が複数の年代に入ることはなく、すべての年代を用意すれば全体を捉えることができます。
ビジネスでは、問題を構造化したり原因を分析したりするときに使われています。
GLOBISでもMECEを、全体を構成要素へ分解するときに重要な点の見落としや重複がないかを確認するための考え方として紹介しています。
参考:GLOBIS「MECEとは:さまざまなフレームワークや分析ツールの土台を押さえろ!」
では、この考え方をスポーツに使ったらどうなるでしょうか。
スポーツでは、完璧なMECEを目指さなくていい
ここで一つ注意したいことがあります。
スポーツのパフォーマンスを、本当に完全な「漏れなく、ダブりなく」で分類するのは簡単ではありません。
技術と筋力は関係します。疲労すれば技術にも影響します。心理状態が身体の動きに表れることもあります。
さまざまな要素が影響し合っています。
そのためこの記事では、完璧なMECEを作ることを目的にはしません。
大切なのは、
ほかに見落としている観点はないか?
似たものを重複して考えていないか?
と問いながら、全体を整理してみることです。
MECEという言葉を覚えることよりも、一つの見方だけで結論を出さないための思考法として使ってみたいと思います。
まず、競技を分けてみる
例えば、100mで10秒台を目指している競技者がいるとします。
自己ベストは11秒20。
目標との間にはギャップがあります。
以前の記事「問題と課題は、何が違うのか。」では、このような目指す状態と現在地とのギャップを「問題」と整理しました。
では、なぜ10秒台に届いていないのでしょうか。
ここで、
「筋力がないからだ」
とすぐに原因を決めるのではなく、まず100mという競技そのものを分けてみます。
例えば便宜上、
- 0〜30m
- 30〜60m
- 60〜100m
という距離で区切ってみる。
映像や区間タイムを確認し、10秒台で走る他の競技者と比較すると、30〜60mではそれほど差がない。
一方で、0〜30mで大きく遅れていることが分かったとします。
すると、
「100mが遅い」
という大きな捉え方から、
「加速局面に改善余地がありそうだ」
と、考える範囲を絞ることができます。
競技を分けてみることで、問題の見え方が変わりました。
次に、課題へのアプローチを広げてみる
では、
加速局面のパフォーマンスを高める
ことを課題にしたとします。
ここでも、すぐにトレーニング方法を決める必要はありません。
まず、
加速局面のパフォーマンスには、何が関係しているのだろう?
と考えてみます。
例えば、
技術的な要因:姿勢、接地、身体の起こし方、力を加える方向など。
身体的な要因:筋力、パワー、可動性など。
心理・認知的な要因:力み、意識の向け方、レースへの不安など。
コンディションの要因:疲労、睡眠、痛みや違和感など。
さらに、その背景にあるトレーニングの内容や頻度、負荷、回復のバランスも確認できます。
こうして観点を広げてみると、
加速が遅い
↓
筋力が足りない
↓
筋力トレーニングを増やす
という一つのストーリー以外にも、複数の可能性が見えてきます。
もちろん、実際にどこが原因なのかは分析が必要です。
映像を見る。
タイムを比較する。
自分の感覚を振り返る。
指導者の意見を聞く。
必要に応じて測定をする。
そうした情報をもとに、
いまの自分にとって、優先して取り組むべきものは何か。
を考えていきます。
MECEを意識して整理する意味は、
最初に思いついた原因だけに飛びつかず、見落としている観点や重複がないかを確かめたうえで、検討する範囲を絞っていくことにあります。
「漏れなく考える」と「全部やる」は違う
ここは特に重要で、いろいろな可能性が見えたからといって、すべてに取り組む必要はありません。
技術も改善する。
筋力も鍛える。
スプリント練習も増やす。
睡眠も見直す。
練習量も変える。
全部を一度にやろうとすると、かえって何が効果を生んだのか分からなくなることもあります。
だから、
考えるときは広く。
取り組むときは絞る。
と考えてみます。
一度全体を広げてから、
「映像を見る限り、まず技術的な部分を確認しよう」
「技術には大きな問題がなさそうだから、今回は力発揮の部分を重点的に見よう」
と優先順位を決める。
MECEは「全部やるため」の考え方ではなく、何をやるかを選びやすくするための整理として使えます。
選択肢があるから、自分で選べる
私は、ここがスポーツでMECEを使う大きな意味の一つだと思っています。
例えば競技者が、
「加速を速くするなら筋力トレーニングしかない」
と思っていたとします。
その人に見えている選択肢は、一つです。
一方で、
技術を見直す方法もある。
スプリント練習の内容を変える方法もある。
筋力やパワーの向上へ取り組む方法もある。
コンディションを見直す必要もあるかもしれない。
と複数の可能性が見えていれば、
では、いまの自分にはどれが必要なのか。
と考えられます。
選択肢が一つしか見えていなければ、自分で選んでいるつもりでも実際にはそれを選ぶしかありません。
複数の可能性を知り、比較したうえで、
「今回はこれに取り組もう」
と決める。
そこに、自分で選ぶ余地が生まれます。
もちろん、競技者だけですべてを判断する必要はありません。
分からなければ指導者と一緒に考えればいい。
指導者も、
「これをやりなさい」
と一つの答えを渡すだけではなく、
「ほかにはどんな可能性がありそう?」
「いまの自分には、どれが必要だと思う?」
と一緒に選択肢を広げることができます。
指導者の役割の一つは、競技者が自分では気づけていない選択肢を増やすことなのかもしれません。
課題を考えるときに使いたい3つの問い
毎回「MECEを意識して考えよう」と構える必要はありません。
課題を考えるとき、次の3つを自分に問いかけてみます。
① ほかの切り口から見ることはできない?
技術だけでなく身体能力から見る。
トレーニングだけでなく日常生活から見る。
レース全体ではなく局面ごとに見る。
視点を変えるだけで、違うものが見えることがあります。
② 見落としている可能性はない?
最初に思いついた答えが正しいとは限りません。
「筋力不足だ」と思ったら、
「本当にそれだけだろうか?」
と一度問い直してみる。
自分では分からなければ、コーチや周囲の人に意見を聞くこともできます。
③ その中で、いまの自分が優先するのはどれ?
時間も体力も無限ではないので、可能性を広げたら最後は絞ります。
自分の目標や現在地を考えて、
まず、どこから取り組むのか。
を決める。
ここまでできれば、考えたことが実際のトレーニングへつながります。
一つの正解を探す前に、全体を見てみる
速くなるための方法を知りたい。
強くなるためのトレーニングを知りたい。
競技をしていれば、そう思うのは自然なことです。
SNSを開けば、「このトレーニングをやれば速くなる」、「これが必要だ」という情報もたくさん出てきます。
でも、自分の問題が何なのかによって必要な取り組みは変わります。
だから一つの答えに飛びつく前に、
競技を分けてみる。
別の観点から考えてみる。
可能性を広げてみる。
そのうえで、いまの自分は何を優先するのかを選ぶ。
MECEは、ビジネスの問題解決やコンサルティングの世界で広く使われてきた考え方ですが、スポーツでも「自分には何が必要なのか」を考えるための道具として使えます。
完璧に漏れなく、ダブりなく整理する必要はありません。
大切なのは、一つの見方だけで自分の課題や取り組み方を決めつけないことです。
考えるときは広く。取り組むときは絞る。
一度視野を広げてみることで、これまで自分には見えていなかった選択肢が見つかるかもしれません。
その中から、目標や現在地に照らして、いまの自分に必要なものを選んでいく。
別の切り口から考えると、どんな選択肢が見えてきますか?
その中で、いまの自分は何を選びますか?