「伝えた」で、コミュニケーションを終わらせていませんか?
「もっと力を抜いて」
「積極的に走ろう」
「最後まで集中して」
スポーツの指導現場では、指導者から競技者へ多くの言葉が投げかけられます。
伝えたことに対して競技者が「はい」と答えれば、こちらとしては理解してくれたように感じます。
でも、そのあと競技者が意図とは違う動きをしたとき、
「さっき言ったよね?」
「前にも説明したはずだけど……」
と思った経験はないでしょうか。
私自身、指導をしていて何度もあります。
ただ、そこで考えたいのは、自分が「伝えたこと」と、相手に「伝わったこと」は、本当に同じだったのかということです。
コミュニケーションは、自分が言葉を発したところで終わるものではありません。
相手がその言葉を受け取り、どう解釈したのか。必要であれば、次の判断や行動にどうつながったのか。
そこまで含めて考える必要があるのではないでしょうか。
「伝える」と「伝わる」は少し違う
まず「伝える」と「伝わる」を分けて考えてみます。
「伝える」は話し手側の行為
指導者が説明する。
声をかける。
見本を見せる。
これらはすべて「伝える」という行為です。
自分が何を言ったのかは、自分自身で確認できます。
一方で「伝わる」は違います。
「伝わる」は相手側に起きること
こちらが発した言葉を相手が聞き、自分なりに意味を捉えて理解する。
必要であれば、その理解をもとに判断したり行動したりする。
ここには必ず相手が存在します。
つまり、
「伝える」は自分だけでもできるけれど、「伝わる」は自分だけでは完結できない。
ということです。
「言ったから分かっているはず」
「説明したからできるはず」
と思っていても、相手が同じ意味で理解しているとは限りません。
同じ言葉でも、受け取り方は同じではない
なぜ、こうしたズレが起こるのでしょうか。
一つには、同じ言葉でも人によって解釈が異なるからです。
例えば、
「積極的に走ろう」
と伝えたとします。
ある競技者は「スタートから思い切ってスピードを上げる」と受け取るかもしれません。
別の競技者は「失敗を恐れず、自分の走りをする」と考えるかもしれない。
人によっては「もっと頑張れと言われている」と受け取ることもあるでしょう。
「積極的」という同じ言葉を聞いても、頭の中に浮かぶものは同じではありません。
それまでの経験や知識、そのときの気持ち、指導者との関係などによっても意味は変わります。
つまり、
伝えたいこと
→ 言葉にする
→ 相手が受け取る
→ 相手なりに解釈する
→ 相手に伝わった内容
という間には、いくつもの段階があります。
自分の頭の中にあるものを、そのまま相手の頭の中へコピーすることはできません。
「力を抜いて」は、どう伝わったのか
私自身、このことを指導現場で実感したことがあります。
中学生に短距離のトレーニングとしてウェーブ走を行ったときのことです。
120mを40mずつ3つの区間に分け、そのときは40〜80mの区間について、
「ここでは力を抜いて、リラックスして走ろう」
と伝えました。
私が意図していたのは、大きくスピードを落とすことではありません。
高いスピードをある程度保ちながら過度な力みを減らし、リズムよく走ってほしいという意味でした。
ところが実際に走ってみると、その競技者は40mを過ぎたところでかなりスピードを落としました。
本人の中では、
力を抜く=スピードを落とす
と解釈されていたのです。
考えてみれば当然かもしれません。
「力を抜いて」とだけ言われても、それがどの程度の出力で、どのような動きを意味するのかは分かりません。
例えば、
「90%くらいの感覚でスピードは保ってみよう」
あるいは、
「ポン、ポン、ポンと乗り込むような感じで、少しストライドを広げられそう?」
など、もう少し具体的に伝えることもできたはずです。
大切なのは、どちらの表現が絶対に正しいかではありません。
こちらが使った「リラックス」という言葉と、競技者が受け取った「リラックス」の意味が違っていたことです。
私は伝えていました。
でも、私が意図した形では伝わっていませんでした。
「分かった?」だけでは、分からない
そこで必要になるのが、相手がどう理解したのかを確認することです。
ただ、
「分かった?」
と聞くだけでは十分とは限りません。
特に指導者と中高生、あるいは保護者と子どものように立場に差がある関係では、分からなくても「はい」と答えることがあります。
本人としては分かったつもりでも、実際には違う意味で理解していることもあるでしょう。
だから、
「次の一本では、どう走ってみる?」
「いまの話、どういう意味だと受け取った?」
「自分の感覚としてはどう?」
と聞いてみる。
これは理解度をテストするためではありません。
自分と相手の認識がどこまで合っているのかを確認するための対話です。
競技者から返ってきた言葉を聞いて、「そういう意味じゃなかったな」と気づくこともあります。
反対に、「そこまで理解していたのか」と分かることもあります。
「伝わったかどうか」は、相手に聞いてみなければ分からないことがあります。
相手が受け取りやすい形で、伝える
では、どうすれば伝わりやすくなるのでしょうか。
すべての場面で使える完璧な話し方があるわけではありません。
それでも、伝える前に考えられることはあります。
まず、自分が何を伝えたいのか絞る
指導者には、たくさんのことが見えます。
腕振り、姿勢、接地、リズム、表情。
そのすべてを一度に伝えても、相手は何を意識すればよいか分からなくなるかもしれません。
これは以前の記事「フィードバックは、何のためにするのか。」でも触れました。
伝える前に、
いま、この競技者に一番伝えたいことは何だろう。
と考える。
伝える内容を絞ることも、相手に届きやすくするための工夫です。
参考:UK Coaching「Coaching Techniques in Sport | Guide」
相手に分かる言葉へ変える
自分にとって当たり前の言葉が、相手にとっても当たり前とは限りません。
「前傾」
「出力」
「乗り込み」
「接地」
スポーツの現場には、経験している人同士では何となく通じる表現がたくさんあります。
でも、中学生と大学生では理解している言葉が違う。競技歴によっても違います。
だから、相手に合わせて具体例を加えたり、別の表現へ言い換えたりする。
分かりやすさは、伝え手ではなく受け手を基準に考える。
この視点を持っておきたいと思います。
繰り返し伝えるということ
指導をしていると、「前にも同じことを言ったのに」と思うことがあります。
もちろん、一度聞いたことを覚え、自分で実践することも競技者には必要です。
一方で、
前に言った=前に伝わった
とは限りません。
そのときは理解できなかったことが、経験を積んだ半年後には理解できることもあります。
言葉だけでは伝わらなかったことが、映像を見ると分かる場合もあるでしょう。
だから、繰り返し伝えることも必要です。
ただし、ここでいう「繰り返す」は、同じ言葉を何度も言うことだけではありません。
「力を抜いて」が伝わらなかったのであれば、もう一度大きな声で、「力を抜いて!」と言っても、同じ解釈が繰り返されるかもしれません。
言葉を変える。
実際に動いて見せる。
映像を見せる。
本人の感覚を聞く。
一度やってもらってから話す。
伝わらないのであれば、伝え方を変えてみる。
繰り返し伝えるとは、相手に届く方法を探し続けることでもあると思います。
伝えることは、相手を動かすことなのか
私が企業向けの人材教育に関わる中では、仕事のコミュニケーションを、相手の判断や行動につながるところまで含めて考える場面がありました。
確かに仕事では、伝えた結果として相手に判断や行動をしてもらう必要があります。
スポーツにも似た部分はあります。
コーチが、「次は前半のリズムを変えてみよう」と伝えたのであれば、競技者がその意味を理解し、次の一本で試せる状態まで届いてほしい。
ただ、スポーツ指導で「相手を動かす」と考えると、少し注意が必要です。
指導者の言う通りに競技者を動かすことが目的になってしまう可能性があるからです。
私は、
競技者が内容を理解し、自分で次の判断や行動を選べる状態をつくる
と考える方がしっくりきます。
※ただし、安全に関わる場面や即座の対応が必要な場面では、指導者が明確に指示する必要があります。
伝えた結果、「コーチが言ったからやる」ではなく、「こういう狙いだから、次はこうしてみよう」と本人が理解して動ける。
そこまで届けば、そのコミュニケーションは競技者自身の学びにもつながります。
コミュニケーションは、対話で確かめる
伝えたことが、100%そのまま相手へ届くとは限りません。
それは、伝える側の能力が低いからとは限らないし、受け取る側の理解力が低いからとも限りません。
人と人との間には、そもそも解釈の違いがあります。
だからこそ、
伝える。
相手の反応を見る。
どう受け取ったのか聞いてみる。
必要なら言い換える。
実際に試して、また話す。
コミュニケーションは、一方向に言葉を投げて終わるものではなく、行ったり来たりしながら認識を近づけていくものなのだと思います。
これは競技者への指導だけではありません。
指導者と保護者、保護者と子ども、あるいは指導者同士でも同じです。
「言ったから分かっているはず」と決めるのではなく、
「相手には、どう伝わったのだろう」と、一度考えてみる。
それだけでも、コミュニケーションの取り方は少し変わるかもしれません。
その言葉は、相手にどう伝わっていますか?
