問いかけているのに、「分かりません」が返ってくる
競技者に自分で考えてもらいたい。
そう考えて、
今日の走り、どうだった?
次はどうしたい?
と問いかける。
しかし返ってくるのは、
分かりません。
特にないです。
コーチが言った通りです。
そんなことはないでしょうか。
問いかけが大切だと知り、できるだけ質問するようにしている。それでも対話が続かないと、
もっと良い質問をしなければ。
と考えたくなります。
もちろん、質問の仕方は重要です。
以前、「『分かった?』の代わりに、何を聞けばいいのか?」という記事では、質問を「何を引き出したいか」から考えることを取り上げました。
では、良い質問をすれば、競技者は主体的になるのでしょうか。
私は、そう単純ではないと思います。
問いかけるだけで、主体性が生まれるわけではありません。
問いかけを主体性につなげるには、環境まで考える必要があります。
質問に答えることと、主体的であることは同じではない
そもそも、「主体的な競技者」とはどのような競技者でしょうか。
この記事では、
自分で状況を捉え、考え、選び、行動すること
を主体性として考えます。
そうすると、
コーチ「今日の走りはどうだった?」
競技者「前半で力んでいました」
と答えられたからといって、それだけで主体的とは言えません。
もしかすると、
コーチは「力んでいた」と言ってほしそうだ。
と感じて、期待される答えを返しているだけかもしれません。
質問という形を取っていても、コーチの中に最初から正解がある場合もあります。
例えば、
スタートで何が悪かったと思う?
姿勢ですか?
ほかには?
腕振りですか?
違う。接地だよ。
というやり取りです。
これでは、競技者が考えているように見えて、実際にはコーチの頭の中にある正解を当てるゲームになっています。
繰り返していれば、「自分はどう感じたのか」ではなく、「コーチは何と言ってほしいのか」を考えるようになるかもしれません。
日本スポーツ協会(JSPO)は、プレーヤーズセンタードなコーチングを実践するためのアプローチとして、TELL(指示)、SELL(提案)、ASK(質問)、DELEGATE(委譲)を示しています。
その中でも、コーチがすでに持っている答えをプレーヤーに言わせるためだけに質問するのであれば、明確に指示した方がよい場合があるとされています。
参考:日本スポーツ協会「公認スポーツ指導者養成講習会 共通科目Ⅱ Work Book」
質問していることと、競技者が主体的に考えていることは同じではありません。
問いかけが機能するには、「土壌」がいる
では、競技者自身の考えを引き出すためには、何が必要なのでしょうか。
少なくとも、次の3つの状態を考えたいと思います。
話せる。
考えられる。
選べる。
問いそのものだけでなく、その問いが機能する土壌に目を向けてみます。
話せる|自分の考えを出しても大丈夫か
例えば、
今日の練習、どうだった?
と聞かれたとします。
競技者は本当は、
今日の練習が何のためなのか、よく分かりませんでした。
と思っている。
でも以前、同じようなことを言ったときに、
そんなことを考える前に、言われたことをやれ。
と返された経験がある。
次に聞かれたとき、
大丈夫です。
特にありません。
と答えても不思議ではありません。
どれだけ質問を工夫しても、自分の考えを出せば否定される、怒られると思っていれば、本音は出にくくなります。
ここで関係するのが、心理的安全性です。
スポーツにおける心理的安全性については研究が進んでいますが、その定義や形成方法にはまだ整理の余地があることも指摘されています。
そのため、何でも解決する万能な概念として扱うべきではありません。
参考:Vella et al., “Psychological safety in sport: a systematic review and concept analysis”
この記事では厳密な定義そのものではなく、指導場面で考えるために
自分の意見や分からないことを表明しても、それだけで拒絶されないと感じられる状態
くらいに捉えます。
心理的安全性とは、何を言っても褒めてもらえることではありません。
コーチと違う意見を言える。
分からないと言える。
間違えても、まず話を聞いてもらえる。
また、競技者との関係を直接扱ったものではありませんが、JSPOの指導者養成教材でも、学習者が経験や考えを共有するためには、心理的に安全に話せる雰囲気をつくることが重視されています。
参考:日本スポーツ協会「公認スポーツ指導者養成講習会 共通科目Ⅱ Work Book」
挨拶する。
話を聞く。
何を考えているのかを知ろうとする。
違う意見が出ても、すぐに正解・不正解を決めない。
こうした日々の関わりが、問いへの答え方にも影響します。
問いの前から、対話は始まっています。
考えられる|答えるための材料を持っているか
競技者が、「分かりません」と答えたとき、関係性に問題があるとは限りません。
本当に分からない場合もあります。
例えば、陸上競技を始めたばかりの競技者に、「今の接地はどうだった?」と聞いたとしましょう。
しかし本人は、そもそも接地の何を見ればよいのか知りません。
良い状態と悪い状態を比べた経験もない。
それなら、「分かりません」は自然な答えです。
主体性を大切にするあまり、何でも競技者に考えさせればよいわけではありません。
JSPOも、質問は相手にとって答えやすいものか、概念的になりすぎていないかを確認し、回答に困っている場合には内容を噛み砕くことを示しています。
知らないことは、教える。
選択肢がなければ、選択肢を示す。
実際に試して、経験してもらう。
そのうえで、
さっきの2つなら、どちらが走りやすかった?
と聞くこともできます。
問いかけるためにも、競技者の中に考える材料が必要です。
「答えられない=主体性がない」と決めつけない。
指導者側が、考えるための知識や経験を渡せているかも問い直す必要があります。
選べる|答えが、自分の選択につながっているか
もう一つ考えたいのが、返ってきた答えをどう扱うかです。
例えば毎回、
次はどうしたい?
と聞く。
競技者が、
もう一本走って確かめたいです。
と答える。
しかし、いつもコーチが一方的に決める。
もちろん、安全面や練習計画を考えれば、競技者の希望を採用できないこともあります。
すべてを競技者任せにする必要もありません。
ただ、何を答えても結局コーチがすべて決める状態が続けば、聞かれても意味がないと感じても不思議ではありません。
自己決定理論に基づいたスポーツ・運動領域の研究でも、コーチなどによる自律性支援は、自律的な動機づけや、自律性・有能感・関係性と関連することが示されています。
自律性を支えるとは、すべてを自由に決めてもらうことではありません。
必要な情報を伝えたうえで、
どちらを試したい?
自分としては、次に何をやってみたい?
と、意思決定できる余地をつくる。
問いへの答えが、自分の選択や行動につながる。
その経験があるからこそ、自分の考えを話す意味も生まれます。
次の答えは、前の答えをどう扱ったかで変わる
例えば、
コーチ「今日はどうだった?」
競技者「正直、今日のメニューはあまり意味が分かりませんでした」
と答えたとします。
そこで、
必要だからやっているんだよ。
と切り捨てるのか。
それとも、
そう感じたんだね。どのあたりが分からなかった?
と聞くのか。
次に同じ質問をしたときの答え方にも影響し得ます。
次の答えは、前の答えをどう扱ったかによって変わります。
問いかけに応じてもらいたいなら、質問の内容だけではなく、返ってきた答えをどう受け止めるかまで考える必要があります。
問いの質だけでなく、問いの前後をつくる。
それが、対話の土壌になります。
問いかけは、対話の入口
問いかけは、
質問する。
↓
競技者が正解する。
というテストではありません。
例えば、
今日のスタートはどうだった?
と聞く。
競技者が、
いつもよりうまく押せたと思います。
と答える。
そこで、
どこでそう感じた?
と聞いてみる。
そのうえで、
コーチから見ると10mまでは良かったけれど、その後は少し急いで起きているように見えたよ。
と、コーチ側の情報も伝える。
そして、
じゃあ次の1本では、何を試そうか?
と考える。
競技者だけに答えを出させるのでも、コーチだけが答えを渡すのでもありません。
互いの見方や情報を持ち寄り、次にどうするかを考える。
問いかけは、その対話の入口です。
すべてを質問にしなくていい
主体性を大切にすると、
指示するのは良くない。
できるだけ質問した方がよい。
と考えてしまうことがあります。
しかし、プレーヤーズセンタードなコーチングは、「何でも質問すること」ではありません。
JSPOが示しているのも、TELL(指示)、SELL(提案)、ASK(質問)、DELEGATE(委譲)を、競技者の年齢や経験、その場の状況によって使い分ける考え方です。
危険を避ける必要があるなら、明確に指示する。
競技者が知らないなら、教える。
選択肢がなければ、提案する。
自分で考えられるなら、問いかける。
任せられるなら、任せる。
質問することが目的なのではありません。
競技者が、自分で状況を捉え、考え、選び、行動できるようになることが目的です。
問いを増やす前に、問いが機能する環境をつくる
競技者から思うような答えが返ってこないとき、
もっと良い質問をしよう。
と考えることは大切です。
でも、その前後にも目を向けてみます。
自分の考えを話せる関係になっているか。
その問いについて考えられる知識や経験を持っているか。
出した答えを、自分の行動として選べる余地があるか。
そして、競技者が答えたとき、自分はその答えをどう受け止めているか。
問いかけるだけで、競技者が主体的になるわけではありません。
問いかけは、主体性を生み出す魔法ではなく、競技者の主体性を支えるための一つの手段です。
だからこそ、問いの数を増やすだけでなく、その問いが機能する土壌まで考えたいと思います。
問いかけに応じられる環境、つくれていますか?