高い目標を掲げれば、成長できるのか。
100mの自己ベストが11秒20の競技者がいるとします。
「次の目標は10秒台です」
十分に高い目標です。
では、10秒90より10秒50、10秒50より10秒10と目標は高く設定するほど良いのでしょうか。
スポーツでは「目標は高く持とう」と言われることがあります。
自分には届きそうもないところを目指したからこそ、それまでとは違う努力ができたという経験を持つ人もいるでしょう。
一方で、とても高い目標を掲げたものの、何をすればよいのか分からないまま時間だけが過ぎることもあります。
周囲から与えられた目標に向かって努力しているうちに、そもそも自分がなぜそこを目指しているのか分からなくなることもあります。
だから、目標の「高さ」だけを考えるのでは少し足りないのだと思います。
大切なのは、
その目標が、自分をどこへ連れていくのか。
目標を設定する意味から考えてみます。
目標は何のためにあるのか
以前の記事「目的と目標は、何が違うのか。」では、WILLINQで目的と目標を次のように整理しました。
目的とは「何のために取り組むのか」という問いの先にある、実現したい姿・目指す方向。
目標とは、その目的に近づくために設定する具体的な到達点。
この関係から考えると、目標そのものが最終地点なのではありません。
例えば、
自分がどこまで速くなれるのか挑戦したい。
という思いがあったとします。
その方向へ進むために、
100mで10秒台を出す。
という目標を設定する。
すると目標は、自分が目指す方向をより具体的にしてくれます。
目標があるから、現在地が見える
目標にはもう一つ役割があります。
「100mで10秒台」という目標があれば、自己ベスト11秒20という現在地と比べることができます。
どのくらい差があるのか。
何が足りないのか。
どこまで進んできたのか。
目標という到達点があるからこそ、自分の現在地や進み具合も見やすくなります。
以前の記事「問題と課題は、何が違うのか。」では、目指す状態と現在地とのギャップを「問題」と整理しました。
目標は、ただ未来に置く数字ではありません。
いまの自分を知るための基準にもなるのです。
高い目標には、意味がある
だからといって、高い目標を否定したいわけではありません。
むしろ、挑戦的な目標を持つことには意味があります。
心理学者のEdwin Lockeらによる目標設定理論では、一般に曖昧で簡単な目標よりも、具体的で挑戦的な目標の方が活動へ注意を向け、努力や粘り強さを引き出し、新しい戦略を考えることにもつながりやすいとされています。
ただし、目標が本人に受け入れられていることや、進捗に対するフィードバック、達成のための戦略なども重要です。
ただし、ここでいう「挑戦的」は、「高ければ高いほどよい」という意味ではありません。
AASPのスポーツ向けガイドでも、簡単すぎる目標や非常に難しい目標ではなく、適度に難しい目標を設定することが勧められています。
参考:Locke & Latham, “The Development of Goal Setting Theory: A Half Century Retrospective”
例えば自己ベストが11秒20の競技者が、
11秒15を出す。
と考える場合と、
10秒台を出す。
と考える場合では、必要になる変化の大きさが違います。
10秒台を本気で目指せば、
「これまでと同じ練習だけで届くのだろうか」
「自分の一番大きな問題はどこにあるのだろう」
と、それまで考えていなかったことに目が向くかもしれません。
高い目標だからこそ、これまでの延長ではない方法を考えることがあります。
目標には、未来へ向けて自分の思考や行動を引っ張る力があります。
それでも、「高ければ高いほどいい」とは限らない
では、目標は9秒台、世界大会出場、オリンピック優勝と、どこまでも高くすればよいのでしょうか。
そう単純ではないと思います。
重要なのは、その目標と自分との関係です。
その目標を、自分が目指したいと思えているか
私は中学3年生のとき、400mで全国大会3位になりました。
高校に進学したころの目標は、インターハイ優勝でした。
当時の自分なりに高いところを目指していました。
ところが高校に入ると、周囲には速い競技者がたくさんいました。
自分より高いレベルで走る競技者を見て、実際にレースで負ける経験も増えていきました。
高校2年、3年と進級するにつれて、目標は「インターハイ優勝」から「インターハイ出場」くらいへ変わっていきました。
目標を下方修正したこと自体が悪かったとは思いません。
現在地や周囲の競技レベルを知り、目標を見直すことはあります。
ただ、当時の自分をいま振り返ると、もう少し別の変化も起きていました。
中学生のころにあった、
もっと速くなりたい。
走ることが楽しい。
という気持ちが少しずつ見えにくくなっていました。
高校後半になると「他にやることも、できることも、したいこともないから陸上を続けている」という感覚に近づいていたように思います。
インターハイ優勝からインターハイ出場へ目標を下げたことが問題だったわけではありません。
その目標が、自分の「何のために走るのか」と十分につながらなくなっていたこと。
こちらの方が大きかったのだと思います。
どれだけ立派な目標でも、本人がそこを目指したいと思えていなければ、自分が前へ進むための目印にはなりにくい。
反対に、他人から見れば小さな目標でも、自分が進みたい方向につながっているなら意味があります。
目標の価値は、高さだけでは決まりません。
大きな目標と、今日の目標をつなぐ
もう一つ考えたいのが、目標までの距離です。
「100mで10秒台を出す」
という目標を持ったとします。
しかし今日競技場へ行って、
では、今日は何をするのか。
と考えると、10秒台という数字だけでは答えが出ません。
そこで、大きな目標と今日の行動の間をつないでみます。
例えば、
長期的な目標
100mで10秒台を出す。
そこから現在地を分析して、
中間的な目標
今シーズン中に11秒10を切る。
さらに、
現在の課題
0〜30mの加速局面を改善する。
そこから今日の練習では、
今日の目標
30m加速走で、3歩目までの姿勢と動きを映像で確認する。
ここまで落とし込めば、大きな目標と今日のトレーニングがつながります。
AASP(Association for Applied Sport Psychology)でも、長期的な目標に向けて短期目標を設定することや、競技会だけでなく日々の練習にも目標を設定することが勧められています。
また、競技者自身が目標を受け入れ、自分のものとして捉えることの重要性も示されています。
参考:Association for Applied Sport Psychology「Principles of Effective Goal Setting」
遠くを見るための目標と、足元を見るための目標。
どちらも持っていると、自分がどこへ向かっていて、今日何をするのかが見えやすくなります。
結果だけでなく、パフォーマンスとプロセスにも目標を持つ
スポーツの目標は、もう一つ別の切り口でも整理できます。
スポーツ心理学では、目標を「結果目標」「パフォーマンス目標」「プロセス目標」に分ける考え方があります。
AASPでも、これらを組み合わせた目標設定が扱われています。
参考:Association for Applied Sport Psychology「Goal Setting – Programming the Brain」
結果目標|Outcome Goal
例えば、
県大会で優勝する。
という目標です。
順位や勝敗など、他者との関係を含む結果を目指します。
「勝ちたい」「全国大会に出たい」という気持ちは、競技に取り組む大きなエネルギーになります。
一方で、自分が最高のパフォーマンスを発揮しても、相手がそれ以上なら優勝できません。
結果目標には、自分だけではコントロールできない部分があります。
パフォーマンス目標|Performance Goal
例えば、
100mで10秒台を出す。
という目標です。
他者の結果ではなく、自分自身のパフォーマンスを基準にしています。
タイムや距離、成功率など、自分の成長を確認しやすい目標です。
もちろん天候や競技環境の影響は受けますが、「誰に勝つか」よりも自分自身の変化へ目を向けやすくなります。
プロセス目標|Process Goal
そして、
今日の30m加速走では、3歩目までの姿勢を確認する。
のように、実際の取り組み方や行動に焦点を置くのがプロセス目標です。
大会での順位や100mの最終タイムを、完全にコントロールすることはできません。
でも、
今日の練習で何を見るのか。
次の一本で何を試すのか。
は、自分で選びやすい。
結果目標、パフォーマンス目標、プロセス目標。
どれか一つが正しいという話ではありません。
県大会で優勝したい。
そのために10秒台を出したい。
そのために今日の練習ではここに取り組む。
と、それぞれがつながっていることが大切です。
目標は、設定したら終わりではない
1月に年間目標を書く。
シーズン前に目標タイムを決める。
そして、そのまま一年間見ない。
これでは目標を十分に使えているとは言いにくいでしょう。
目標は設定したあとも、
どこまで近づいたのか。
何が変わったのか。
まだこの目標を目指したいのか。
と確かめていく必要があります。
目標設定理論でも、目標に対してどの程度進んでいるのかを知るフィードバックは重要な要素とされています。
必要なら、目標を変えてもいい
途中で目標が変わることもあります。
予想以上に記録が伸びて、目標を上方修正する。
怪我によって、大会出場よりも復帰を優先する。
競技を続ける中で、自分が本当に目指したいものが変わる。
目標を変えることは、必ずしも諦めではありません。
以前の記事でも書いたように、目標は目的に近づくための到達点です。
目的や自分の意思に戻って考えた結果、
「いまは、この目標を目指そう」
と別の地点を選び直すこともできます。
目標は、一度決めたら自分を縛り続ける契約ではありません。
前へ進むために使うものです。
目標を設定するときに考えたい5つの問い
では、実際に目標を考えるときには何を問いかければよいのでしょうか。
私は、次の5つを考えてみたいと思います。
① この目標は、何のために目指す?
目標の先にある、自分が目指す方向を確認する。
② いまの自分は、どこにいる?
自己ベストや競技力、現在抱えている問題など、自分の現在地を見る。
③ この目標は、自分が目指したいと思えている?
コーチや親、周囲から求められた目標ではなく、自分自身がそこへ行きたいと思えているかを考える。
④ この目標に近づくために、何に取り組む?
目標と現在地のギャップを見て、具体的な課題や日々の行動へ落とし込む。
⑤ どのように進み具合を確かめる?
タイム、映像、練習日誌、競技会などを使って前進しているかを振り返る。
目標設定は、未来の数字を書いて終わる作業ではありません。
目的、現在地、日々の行動、振り返りをつなぐこと。
そこまで含めて考えると、目標はもっと使えるものになります。
目標は、自分を縛るためではなく前へ進むために使う
高い目標を掲げてもいい。
大切なのは、その高さではなく、自分の目的につながり、自分が目指したいと思え、今日の行動や振り返りまでつながっているかです。
高校時代の私は、高い目標を下げていきました。
でも、いま振り返ってみると、本当に考えるべきだったのは「インターハイ優勝か、出場か」という目標の高さだけではなかったのだと思います。
自分は、なぜ走っているのか。
本当は、どうなりたいのか。
そこに戻って考えることが必要でした。
目標は、自分を追い込んだり、達成できなかった自分の価値を決めたりするためのものではありません。
自分が目指す方向へ進むために使うものです。
その目標は、あなたをどこへ連れていく目標ですか?