失敗を怖がるのは、悪いことなのか?

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「失敗を恐れるな」と言われても

重要な大会が近づいてくる。
ここまで練習を継続積み重ねてこれた。

それでも、

負けたらどうしよう。
自己ベストが出なかったらどうしよう。
また同じ失敗をしたらどうしよう。

そんなことを考えることがあります。

そこで、

「失敗を恐れるな」
「もっと思い切っていけ」

と言われる。

確かに、失敗ばかり考えて動けなくなるより、思い切って挑戦できた方が良いように思えます。

でも、そもそも失敗を怖がることは悪いことなのでしょうか。

時間をかけて準備してきたから、失敗したくない。
目標に向けて努力してきたから、結果を出したい。

そう思うのは不自然なことではありません。
目指したいのは、失敗を怖がらない人になることではないのだと思います。

怖さがあっても挑戦する。失敗したら、そこから学び、もう一度挑戦へ戻る。

今回は、そんな「失敗との付き合い方」について考えてみます。

「怖い」と「挑戦しない」は、同じではない

「怖い」という感情と、「挑戦しない」という行動は同じではありません。

大会前に不安を感じる。
負けたくないと思う。
失敗する場面を想像してしまう。

それでも、

では、自分はどうするのか。

は選ぶことができます。

怖さを完全になくしてから挑戦するのではなく、

怖いけれど、このレース展開を試してみよう。
不安はあるけれど、練習してきた動きを出してみよう。

という選択もできます。

大切なのは、「怖い自分は弱い」と評価することではありません。

その怖さによって、自分の選択肢がなくなっていないか。

まずは、そこを見てみたいと思います。

失敗しただけでは、学びにはならない

失敗について、

「失敗から学べばいい」

と言われることがあります。

ただ、失敗すれば自動的に学べるわけではありません。

失敗からの学習に関する研究では、失敗は自己評価を脅かすため、その情報から目をそらしてしまうことがあると指摘されています。
また、失敗から「何を変えればよいのか」という情報を取り出すこと自体が、成功から学ぶより難しい場合もあります。

参考:Eskreis-Winkler & Fishbach「You Think Failure Is Hard? So Is Learning From It」

つまり、

失敗した → 成長した

ではありません。

失敗も一つの経験です。

そこから、

何が起きたのか。
なぜそうなったのか。
次に何を変えるのか。

を考えることで、次の行動につなげやすくなります。

失敗 → 情報を受け取る → 振り返る → 修正する → 再挑戦する

という流れです。

2024年の実験研究でも、失敗のフィードバックだけでは学習が妨げられる場合がある一方、その後に学ぶための情報や機会が与えられると、その影響がなくなったり、条件によっては失敗からの学習が促されたりすることが報告されています。

参考:Gok & Fyfe「Learning from failure: The roles of self-focused feedback, task expectations, and subsequent instruction」

失敗そのものではなく、失敗したあとに何をするかが重要です。

「自分はダメだった」から、「何が起きたのか」へ

例えば100mのレースで、自己ベストから大きく遅れたとします。

そのとき、

自分は本番に弱い。
またやってしまった。
次の大会も失敗するかもしれない。

と考えることがあります。

ここで、事実・解釈・感情を分けてみます。

事実は、「自己ベストより0.5秒遅かった」。
解釈は、「自分は本番に弱い」。
感情は、「悔しい」「次も失敗するのが怖い」。

「自己ベストより0.5秒遅かった」は実際に起きたことです。
一方、「自分は本番に弱い」は、その結果に対する自分の解釈です。
感情を無視する必要もありません。悔しいなら悔しい。怖いなら怖い。その感情は、そのまま受け止めればいいと思います。

ただ、それらをすべてまとめて、

自分はダメだった。

としてしまうと、次に何を変えればいいのかが見えにくくなります。

そこで、

スタートはどうだった?
30mまでの加速は?
60m以降で何が変わった?
練習と本番で違ったことは?

と、出来事を具体的に見ていく。

「自分はどうだったか」という自己評価から、「何が起きたのか」という問いへ移る。

そうすることで、失敗から次に使える情報を取り出しやすくなります。

レジリエンスは、「失敗しない力」ではない

失敗や逆境との付き合い方を考えるうえで、「レジリエンス」という言葉があります。

レジリエンスは失敗だけを対象にした概念ではありませんが、うまくいかない経験からどう適応していくかを考える手がかりになります。

「打たれ強さ」や「折れない心」と表現されることもありますが、スポーツにおける近年のレビューでは、競技上の逆境に対して、自分の思考・感情・行動を評価・調整しながら適応していく力として捉えられています。
モチベーションや自己効力感、対処方法など、複数の要因が関係することも整理されています。

参考:Mei et al.「Bounce back from adversity: a narrative review and perspective on the formation and consequences of athlete resilience」

つまり、

失敗しても何とも思わない。

ということではありません。

落ち込むこともあるし、悔しいこともある。一度止まることもあるでしょう。
それでも、自分の状態を整理し、必要なら周囲の力も借りながら、次の行動へ移っていく。

失敗しない力ではなく、失敗したあとに適応していく力。

そう考えると、レジリエンスは特別に「メンタルが強い人」だけのものではなくなります。

打席に立つ回数より、「学習する回数」を増やす

「たくさん失敗した人ほど成長する」と言われることもあります。
ただ、失敗の回数が多ければ、それだけで成長するわけではありません。

同じ失敗を繰り返し、そのたびに、

今日もダメだった。

とだけ振り返っていたら、打席には立っていても、学習しているとは言いにくいでしょう。

一方、

今回は何を試した?
何が起きた?
次は何を変える?

と考えて、もう一度試す。

すると、一度の失敗を次の挑戦へつなげることができます。

スポーツを対象とした研究ではありませんが、エラー・マネジメント・トレーニングに関するメタ分析でも、学習場面で積極的に探索し、誤りを経験しながら学ぶ方法には、特に新しい課題への適応という面で効果があることが示されています。

参考:Keith & Frese「Effectiveness of error management training: a meta-analysis」

増やしたいのは、単なる失敗の回数ではありません。

挑戦する
→ 結果を受け取る
→ 振り返る
→ 修正する
→ もう一度挑戦する

という、学習のサイクルを回す回数です。

勇気だけに頼らず、「失敗できる環境」をつくる

もう一つ考えたいのが、環境です。

「失敗を恐れず挑戦しよう」

と言われても、本番でいきなり大胆な挑戦をするのは簡単ではありません。

だから、本人の勇気だけに頼らなくてもいいと思います。

例えば、400mでいつも前半を抑えすぎてしまう競技者がいる。

大会で、

今日こそ思い切って前半から行こう。

と考えるだけでなく、練習でそれより速い入りを試す。記録会でレース展開を試す。通過タイムや映像を振り返り、また修正する。

本番よりも失敗の影響が小さい場面で、先に試行錯誤しておく。

指導者の関わり方も同じです。

失敗した競技者に、

何をやっているんだ。

と言うのか。

それとも、

試してみて、何が分かった?

と問いかけるのか。

環境によって、競技者が失敗をどう捉えるかも変わります。

「挑戦できる人になる」だけでなく、「挑戦しやすい環境をつくる」。

失敗への恐怖は、本人の意思だけの問題として考えなくてもいいのだと思います。

失敗を避ける力より、失敗から戻る力

できれば、失敗したくない。
大会では勝ちたい。
目標も達成したい。

そう思っていいと思います。

失敗を美化する必要もありません。
ただ、失敗を避けることばかり考えていると、本当に試したいことまで避けてしまうことがあります。

大切なのは、失敗を怖がらなくなることではありません。

怖さがあっても、自分の行動を選ぶ。失敗したらそこから学び、もう一度挑戦する。

失敗を避ける力より、失敗から戻る力。

失敗しない競技者になることより、失敗しても学び、また挑戦できる競技者になること。

長く競技を続けていくうえでは、その力も大切なのではないでしょうか。

失敗したあと、次の挑戦に戻れていますか?

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この記事を書いた人

WILLINQ JOURNAL編集部。

スポーツ指導、競技経験、人材育成の実務経験をもとに、スポーツとの向き合い方、Will、目的と手段、学びについて発信しています。

答えを急ぐのではなく、問い、迷い、経験し、振り返る。
その過程で、自分なりのWillを育てていくためのきっかけを届けます。

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