「自信がない」とき、何を根拠にすればいいのか?

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「自信を持て」と言われても

大会前。

ここまで練習してきた。やるべきこともやってきた。

それでも、スタートラインに立つことを考えると、

本当にできるだろうか。
また失敗したらどうしよう。

そんな不安が出てくることがあります。

そこで周囲から、

「もっと自信を持て」

と言われる。

でも、自信がない本人からすれば、何を根拠に、自信を持てばいいのだろうと思うかもしれません。

「絶対できる」と自分に言い聞かせても、心のどこかではそう思えていない。

では、自信とは、気持ちの持ちようなのでしょうか。

今回は「自信がある・ない」という感覚だけではなく、自分ならできると思える根拠について考えてみます。

自信を「ある・ない」だけで考えない

ここで参考になるのが、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感(self-efficacy)という考え方です。

自己効力感とは、特定の状況で必要な行動を自分は遂行できる、と捉えることです。

簡単に言えば、

「この状況で、自分なら必要なことをできそうだ」

と思える感覚です。

スポーツで考えるなら、

「自分はすごい競技者だ」

と思えることではありません。

例えば100mなら、

「スタートから30mまで、練習してきた動きを出せる」

400mなら、

「前半200mを、練習してきたタイムで入ることができる」

というように、具体的な場面や行動に対する「できそうだ」に近いものです。

もちろん、日常的に使う「自信」と自己効力感は、まったく同じ概念ではありません。
この記事では、自信について考える一つの手がかりとして、「この状況で、自分には必要な行動ができそうだ」という自己効力感に注目します。

参考:APA Dictionary of Psychology「self-efficacy」

自己肯定感とは少し違う

自己効力感は、自己肯定感と混同されることがあります。

「自己肯定感」という言葉にはさまざまな使われ方がありますが、一般には自分自身をどう評価し、受け止めているかという、より広い自己認識に関わります。

一方、自己効力感は、

「この状況で、自分は必要な行動を遂行できるか」

という、より具体的な認識であり、今回考えたいのはこちらです。

根拠はあったのに、自信にはなっていなかった

私は高校2年生の秋、本番になると自分の力を出せない時期がありました。

当時、400mのレース前半200mを23秒前半で通過することを一つの目安にしていました。
練習ではできていました。
23秒前半で入り、その先を走る。
身体としては経験していたことです。

ところが、本番になるとできませんでした。

秋の県新人大会。3位に入れば、その先のブロック新人大会へ進めます。
しかし、夏の大会が終わると、新たに400mへ挑戦してくる競技者も増えます。
まだ実力のよく分からない相手もいました。

私は、

前半から飛ばしすぎて、最後に抜かれたらどうしよう。

と考えていました。

その結果、練習では23秒前半で入れていた前半200mを、本番では24秒かけて通過する。
負けることを避けようとするあまり、身体も動きも固くなっていました。
県新人大会では2位に入り、何とか次の大会へ進めたものの、自己ベストには遠く及ばないタイム。

そして迎えたブロック新人大会では、

来年、インターハイ出場を争うことになる相手に負けたくない。

という気持ちがさらに強くなりました。

予選はかろうじて通過しましたが、決勝ではまともに自分の走りをすることができず、自己ベストより3秒ほど遅いタイムで終わりました。

秋のシーズンを通して納得できる記録を出せないまま、私は、

本番では走れない。
また失敗するかもしれない。

というイメージを強く残して、冬季練習へ入っていきました。

でも、いま振り返ると不思議です。

「できない」という感覚とは別に、「できた」という事実もあったからです。

練習では、狙った200mの通過タイムで走れていた。
夏の練習も積んできた。
不調でも県大会を突破して、ブロック新人で決勝に残るだけの競技力もあった。

それでも私は、本番で失敗した結果の方を強く見ていました。

自信の根拠になるはずだった「できている事実」に、十分目を向けられていなかったのだと思います。

「自分ならできる」は、何からつくられるのか

バンデューラは、自己効力感に影響する主な情報源として4つを挙げています。

遂行経験、代理的経験、言語的説得、生理的状態(緊張や不安などの情動的な反応を含む)です。

参考:Albert Bandura「Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change」

スポーツに置き換えると、自信の根拠は試合結果だけではないことが見えてきます。

① 自分が「できた」経験を見る

まず、自分自身の遂行経験です。

自己ベストを出した。
大会で勝った。

こうした結果は、もちろん大きな根拠になります。
でも、「できた経験」は大会結果だけではありません。

以前は走れなかった設定タイムで走れるようになった。
苦手だった動きが安定してきた。
以前より高い強度のトレーニングに対応できるようになった。
本番で実行したい動きを、練習では何度も再現できている。

こうした一つひとつも、

自分には、これができる。

と考えるための材料になります。

私の高校2年生の経験でいえば、

「大会で良いタイムが出ていない」

という結果だけではなく、

「練習では23秒前半で200mを通過できている」

という事実にも目を向けるべきでした。

結果が出るまで、自信の根拠が何もないわけではありません。

結果に至るまでのプロセスにも、自信の根拠はあります。

ここで、一度問いかけてみたいと思います。

自分のプロセスを認められていますか?

② 他者の経験から、「自分にもできるかもしれない」と考える

二つ目は、他者の経験です。

自分と近い競技力だった競技者が記録を伸ばす。
同じチームの仲間が、以前できなかったことをできるようになる。

そんな姿を見て、

あの人にできたなら、自分にもできるかもしれない。

と思うことがあります。

他者との比較は、自分を否定する材料になるだけではありません。

「自分にも可能性があるかもしれない」と考えるための情報にもなり得ます。

もちろん、誰かができたから自分も必ずできるわけではありません。

それでも、身近な競技者の経験から、自分が不可能だと思っていたことの捉え方が変わることはあります。

③ 周囲から返ってきた言葉を受け取る

三つ目は、他者からの言葉です。

コーチから、

「大丈夫。自信を持て」

と言われることもあるでしょう。

励まされること自体に意味はあります。

ただ、自信の根拠を考えるなら、より具体的な言葉の方が受け取りやすいかもしれません。

「先月より30mのタイムが上がっている」

「以前より後半で姿勢が崩れなくなっている」

「この3週間、狙った練習を継続できている」

というように、実際に起きている変化を返してもらう。

すると、「できると思え」と言われるだけでなく、

自分には、ここまでできていることがある。

という根拠を持つことができます。

④ 緊張や不安を「できない証拠」にしない

四つ目は、自分の身体や感情の状態です。

大会前になると心拍数が上がる。
身体が硬く感じる。
落ち着かない。
不安になる。

そして、

緊張している。今日はダメかもしれない。

と考える。
私自身、高校2年生の秋はまさにこの状態でした。

でも、緊張していることと、できないことは同じではありません。
重要な大会で緊張することはあります。

不安があること自体を、

「今日は走れない」

という証拠にしなくてもいい。

不安を完全になくそうとするのではなく、

この状態でも、自分がやることは何か。

へ戻ってくる。

身体や感情の状態を自分がどう受け取るかも、「できそうだ/できなさそうだ」という認識に関わります。

一度の失敗を「また失敗する証拠」にしない

本番で失敗すると、その経験は強く残ります。

私もブロック新人大会で大きく崩れたあと、

また本番で失敗するかもしれない。

という感覚を持ったままシーズンを終えました。

ただ、失敗から受け取れるものも一つではありません。

本番で失敗した。
だから、自分は本番に弱い。

と結論づけることもできます。

一方で、

なぜ前半を抑えてしまったのか。
練習では何ができていたのか。
本番でできなかったのは、どの部分なのか。
次は何を準備すればいいのか。

と問い直すこともできます。

失敗を、「自分にはできない」という証拠として固定するのか。

それとも、「次に何を変えるか」を考えるための情報として扱うのか。

同じ経験でも、その後に残るものは変わります。

自信は、結果が出てから持つものなのか

競技をしていると、

自己ベストが出れば、自信がつく。

全国大会に出られたら、自信が持てる。

と考えることがあります。
確かに、結果は強い根拠になります。

ただ、それだけだと、結果が出るまでは、自信を持てないことになります。

目標を達成する前には、まだ「目標を達成した経験」はありません。

だからこそ、その前にあるものを見る必要があります。

今日まで何をしてきたのか。
何ができるようになったのか。
どんな課題に取り組んできたのか。
失敗したあと、何を変えてきたのか。

そこにも、自信の根拠はあります。

スポーツにおける自己効力感とパフォーマンスの関係を調べた2023年のメタ分析では、大会前の自己効力感と競技パフォーマンスには平均的に正の関連が確認されています。
ただし、「自己効力感が高ければ必ず良い結果が出る」という単純な関係ではありません。

参考:Lochbaum et al.「Pre-Event Self-Efficacy and Sports Performance: A Systematic Review with Meta-Analysis」

自信さえあれば勝てるわけではありません。
競技力も、準備も必要です。
相手もいます。環境にも左右されます。

それでも、

自分は何をできると思えているのか。

という認識は、競技へ向かうときの重要な要素の一つです。

根拠のある「自分ならできる」を持つ

自信とは、

絶対に成功する。

と思い込むことではないと思います。

未来の結果は分かりません。

どれだけ準備しても、自己ベストが出ないことも、勝てないこともあります。

だから、

「絶対に自己ベストが出る」

「絶対に勝てる」

と信じ込めなければ、自信がないと考える必要はありません。

例えば、

「練習してきた23秒前半の入りを、本番でもやってみることはできる」

「後半が苦しくなっても、練習してきた動きを意識することはできる」

という自信でもいい。

結果への確信ではなく、自分がやる行動への確信を持つ。

その根拠になるものは、一つではありません。
これまでできたこと。
積み上げてきた練習。
身近な競技者の経験。
周囲から返ってきた言葉。
失敗から学び、変えてきたこと。

それらを一つずつ拾い直していく。

自信がないときに必要なのは、根拠もなく「できる」と言い聞かせることではなく、これまでの自分の中から、「できる」と考えられる材料を見つけることなのかもしれません。

「自分ならできる」と思える根拠を、あなたはいくつ持っていますか?

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この記事を書いた人

WILLINQ JOURNAL編集部。

スポーツ指導、競技経験、人材育成の実務経験をもとに、スポーツとの向き合い方、Will、目的と手段、学びについて発信しています。

答えを急ぐのではなく、問い、迷い、経験し、振り返る。
その過程で、自分なりのWillを育てていくためのきっかけを届けます。

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