コーチは何から学ぶのか?
指導力を高めたいと思ったとき、何をするでしょうか。
書籍を読む、講習会に参加する、研究論文を調べる、他のコーチの指導を見る、さらにはAIを使って情報を集めることもできます。
どれも大切な学び方です。
ただ、もう一つ身近なところに、日常的に存在する学びの材料があります。
自分自身の指導経験です。
競技者に説明する、質問される、フィードバックする、思ったように伝わらない、想定とは違う反応が返ってくるといった一つ一つの経験には、コーチ自身が学ぶきっかけが含まれています。
では、指導するという経験を、どうすれば自分自身の学びに変えられるのでしょうか。
教えることは、自分が学ぶことでもある
私は企業の人材育成に関わる中で、社内講師やトレーナーの育成について「教える側にも成長する機会がある」という話をしてきました。
これはスポーツのコーチにも当てはまると思います。
「分かっているつもり」が見えてくる
例えば競技者から、
「なぜ、このトレーニングをするんですか?」
と聞かれたとします。
自分では理解しているつもりだったのに、いざ説明しようとすると、
「速くなるため」
「この時期に必要だから」
としか答えられない。
そんなとき、
本当に自分は、このトレーニングの意味を理解しているのだろうか?
という問いが生まれます。
教えるためには、自分の中にある知識を整理しなければなりません。
何が重要なのか、なぜそう考えるのか、どこまで分かっていて、どこから先は分からないのか。
言葉にしようとすることで、自分の理解の曖昧さが見えてきます。
教育心理学には「Learning by Teaching(教えることによる学習)」と呼ばれる研究領域があります。
教えることを想定して内容を整理し、実際に他者へ教えることが、自分自身の学習を促す可能性が研究されています。
もちろん、何かを教えれば自動的に成長するわけではありません。
それでも、誰かに伝えようとすることが、自分の理解を問い直す機会になることはあります。
知識を持っていることと、指導できることは同じではない
いまは情報にアクセスしやすい時代です。
短距離のスタートについて知りたい。
筋力トレーニングについて調べたい。
フィードバックの方法を知りたい。
検索やAIを使えば、多くの情報に短時間でアクセスできます。
だからといって、知識が必要なくなったわけではありません。
知識は指導を考えるための大切な土台です。
ただ、知識を持っていることと、目の前の競技者の成長を支援できることは同じではありません。
あるトレーニングが有効だという知識を持っていても、
この競技者に必要なのか。
この時期に行うべきなのか。
どの程度の負荷にするのか。
どう伝えるのか。
本人はどう受け取っているのか。
誰に、いつ、どの程度、どのように使うかによって、実際の指導は変わります。
言い換えれば、コーチングでは、知識 × 競技者 × 状況を考える必要があります。
同じ知識でも、中学生と大学生では使い方が違います。
初心者と熟練者、シーズン中とオフシーズンでも変わるでしょう。
競技者の目的によっても違ってくるでしょう。
大切なのは、知識を単に増やすことだけではなく、誰に、いつ、どのように使うのかを考えることです。
競技者の反応は、自分のコーチングを映す鏡にもなる
スポーツ指導には、必ず目の前に競技者がいます。
だから、自分が良い指導をしたと思っていてもそれだけでは分かりません。
競技者がどう反応したのかを見ることも、コーチ自身の学びになります。
分かりやすく説明したつもりなのに伝わらなかった。
フィードバックをしたのに動きが変わらなかった。
そんなとき、「どうして分からないんだ」「何度言えばできるんだ」と相手だけを見ることもできます。
一方で、
自分の伝え方はどうだっただろうか。
そもそも見立てた問題は合っていただろうか。
情報を伝えすぎていなかっただろうか。
別の問いかけができなかっただろうか。
と、自分にも問いを向けることができます。
もちろん、競技者の変化をすべてコーチの責任にするという話ではありません。
成長する主体は競技者本人です。
それでも、競技者の反応は、自分のコーチングを映す鏡にもなる。
そう考えると、思い通りにならなかった指導も自分の働きかけを見直す材料になります。
指導経験を自分の学びに変える
ただし、指導しただけで学びが生まれるわけではありません。
以前の記事「経験しただけでは、学びにはならない。」でも書いたように、経験を学びに変えるためには振り返ることが必要です。
これはコーチにも当てはまります。
スポーツコーチングでも、指導経験から学ぶための方法として、リフレクティブ・プラクティス(省察的実践)が重視されています。
ICCE(International Council for Coaching Excellence)も、コーチ教育において知識の伝達だけでなく、実際の指導環境での振り返りや対話、観察、実践を通じた継続的な学習を重視しています。
では、指導後に何を振り返ればよいのでしょうか。
難しく考える必要はありません。
例えば、次の4つを問いかけてみます。
① 何を変えようとして、どう働きかけた?
何を狙っていたのか。
教えたのか。
質問したのか。
フィードバックしたのか。
あえて待ったのか。
まず、自分の意図と行動を確認します。
② 競技者は、どう反応した?
言葉や表情、動き、その後の行動。
自分の働きかけによって何が起きたのかを見ます。
③ 自分の想定と、何が違った?
思ったように伝わらなかった。
想像以上にすぐできた。
質問したら、自分では考えていなかった答えが返ってきた。
想定との差には、次の学びの種があります。
④ 次は、何を変えてみる?
言葉を変える。
質問を変える。
映像を使う。
一度任せてみる。
あるいは「今日の関わり方を続けてみよう」でも構いません。
働きかける → 反応を見る → 振り返る → 次を変える。
この循環を持つことで、日々の指導経験を自分の学びに変えていけます。
指導経験が長ければ、自然に成長するわけではない
「コーチ歴10年」
「毎週指導している」
「何百人も見てきた」
こうした経験は大きな財産です。
ただ、経験の量と、そこから得た学びの量は必ずしも同じではありません。
10年間指導していても、同じ方法を10年間繰り返している可能性があります。
反対に、
なぜ今日はうまくいかなかったのか。
次は何を変えてみようか。
と問い続けていれば、一つひとつの経験から学ぶことができます。
指導経験が多いことと、指導経験から多く学んでいることは同じではありません。
競技者に「経験しただけでは学びにはならない」と伝えるのであれば、この問いは指導者自身にも返ってきます。
自分の実践から生まれた問いを持って、学びに行く
では、自分の指導経験だけを振り返っていればよいのでしょうか。
そうではありません。
本を読むことも、研修に参加することも、他のコーチから学ぶことも大切です。
むしろ、自分の実践を振り返ることで、何を学ぶ必要があるのかが見えてくることがあります。
例えば、
競技者に何度説明しても、うまく伝わらなかった。
という経験から、
「人に伝えるときには、どんな方法があるのだろう?」
という問いが生まれる。
そこで、
本を読む。
他のコーチに相談する。
研究を調べる。
AIを使って情報を整理する。
そして得た知識を、次の指導で試してみる。
すると、実践 → 問い → 学習 → 再実践という流れが生まれます。
何となく情報を集めるのではなく、自分の実践から生まれた問いを持って、学びに行く。
WILLINQが大切にしている「問い」は、競技者だけでなく、指導者自身の成長にも必要なのだと思います。
コーチは、問いを持って学び続ける
コーチが学ぶ方法はいくつもあります。
ただ、学びの入口は外にある情報だけではありません。
目の前の競技者と関わる中にも、たくさんの問いがあります。
なぜ、今日は伝わらなかったのか。
なぜ、この問いかけでは本人の言葉が出てこなかったのか。
なぜ、この競技者にはこの方法が合ったのか。
次は、どんな関わり方をしてみようか。
こうした問いを持つことで、日々の指導そのものが学びの場になります。
以前の記事「指導者は、何をする人なのか。」では、指導者を、目の前の競技者が成長するために自分には何ができるのかを考え続ける人として捉えました。
そのためには、指導者自身も学び、変わり続ける必要があります。
すべてを知っている必要はありません。
分からなければ学ぶ。
うまくいかなければ振り返る。
競技者からも学ぶ。
そして、また試してみる。
コーチは、学んでから教える人であるだけではありません。
教える経験を自分の学びに変えながら、次の指導をつくっていく人でもあるのだと思います。
今日の指導から、あなたは何を学びましたか?